2012年04月30日

なのはな〜ひかりの素足

なのはな (コミックス単行本) [コミック] / 萩尾 望都 (著); 小学館 (刊)


少女漫画界の神、萩尾望都さんの話題になっていた「なのはな」を読んだ。

原発事故後の福島を舞台にした漫画だ。

いろいろ批判的な感想もあったりもしたけど、萩尾さんが昨年でなければ描けなかった作品かなと思う。

萩尾さんの漫画は私には詩と同じで、漫画という形ではあるけれど、書いてある文章や台詞、絵そのものがどうというのではなく、全体から受け取るものがある。

最後の宮沢賢治の「ひかりの素足」と「銀河鉄道の夜」を題材にした漫画は凄かった。
このなんでもない場面でなんでこんなに泣けるものかと。(実際なんでもないわけではないけれど)

あらためて宮沢賢治の「ひかりの素足」を読んだ。
この物語も銀河鉄道と同じく、【死】がテーマである。

宮沢賢治という人は日本人にすごく受け入れられているが、実際作品は宗教的だし、重いテーマも扱い、ファンタジーをとおして非物質世界を表現している。
日本人の中に宮沢賢治がある限り、日本人には目にみえないものを受け入れ、自然と調和していくことへの可能性があるなと思う。

「ひかりの素足」というタイトルも美しい。
萩尾さんの銀河鉄道からひかりの素足への導入の仕方が絶妙だ。
そこに一番泣けた。
ものすごく大きな存在がそこにあって守られているという感覚。
萩尾さんはとてもわかっている。

漫画だからといって現実から離れることなく、現実を受け入れられなくても、希望をみいだすための祈りのようなものだった。

表紙も美しい。

萩尾ファンならぜひ読んでほしい。


『こわいことはない。おまえたちの罪は、この世界を包む大きな徳にくらべれば、太陽の光とあざみの棘のさきの小さな露のようなもんだ。なんにもこわいことはない。』宮沢賢治/ひかりの素足
posted by ティアラ at 20:07| 香川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

夢で会える-誰でも異次元探訪できる体外離脱入門

夢で会える 体外離脱入門―誰でも異次元探訪できる [単行本(ソフトカバー)] / 高羽 そら (著); ハート出版 (刊)


面白くて一気に読んだ。

じつをいうとヘミシンク関連の本は読んだことがない。
というのは体外離脱という言葉からそう興味を持ってなかったんだな。

この本はなんで読もうと思ったかというとヘミシンクを使わないでヘミシンクと同じ体験をすることについて書いてあったからだった。

この本を読んで驚いたことは「体外離脱」は実際に体から抜け出ることではないということ!
それを知っただけで恐怖心がだいぶ違う。

今までアストラルのこととかちらちら自分が学んでいるスクールとかで聞いてはいたけれど、全然違うところからの解説なので、驚くほどわかりやすかった。

以前フラを学んでいたときに火の要素の強い先生だったから、とにかく影響力はあるし、踊りもすごかったけど、それを学ぶことが難しく、後からサポートで教えてくれる先生はすごく理論的なタイプで風要素の強い私はそれではじめて足の運びとか知り、踊れる形になんとかなっていた。

まさにそんな感じ。私ってやはり頭である程度理解しないと進めないのかも・・。

この方の本は誰でもわかるような言葉でしか解説していない。
一部ヘミシンクの用語が出てくるけれど、あくまで自分はヘミシンクの訓練を受けた人間ではないので、解説する立場ではないことを書いて、簡単にしか書いていない。でもその簡単な説明でも十分によくわかる。

アストラルのことはアストラルではなく「非物質世界」という表現にしてある。

この著者は最初ヘミシンクから入ったのだけれど、ヘミシンクでは変性意識に入ることが難しかったそう。
つまりヘミシンクがあまり合わなかったということ。
理由がいくつか書かれてあったけど、その中で私もそうだと思うところは

時間が気になる ということ。

音源には限りがあり、何分で終わるのかわかっている。だからこそ安全なのかもしれないけど、
私も気になるのだ。だから入りづらい。しかも音源に特徴があるとどのあたりでこんな音が出るとかわかると
とくに気になる。
とはいえ、ヘミシンクがきっかけで体外離脱できるようになったそう。
それもなんとなくわかる。働きかけていないことはないのだから。

この本はなかなかの情報量で私にはいろいろ参考になったところがある。

解説についてはほんとにわかりやすかった。
ギターの弦の共鳴について例えていたのだけど、
物質世界のギターと非物質世界のギターを向かい合わせにしておくと共鳴しあう。
その状態があってはじめて非物質世界で体験したことを物質世界で意識できるというのだ。

人間は常に非物質世界での体験をしているのだけれど、通常の意識状態つまり物質世界に意識があるときは
記憶として残ることはない。あちらとこちらの集合点が共鳴をおこすことで体験ができるということ。
これはすごくわかりやすかった。この方の説とはいえ。
共鳴をさせるにはある程度、物質世界側のギターの弦を響かせて同調しやすくしなければならない。
そのために瞑想をして同調しやすい状態を高めておく必要があるというわけ。

いろいろ解説してあり、私のような理解したがりにはすごく面白かった。

私が好きなドラマ「フリンジ」も実はこの世界のことを描いた話なのかも〜とわくわくする。

明晰夢と体外離脱のことを書いてるけど、ヘミシンクも夢も行っているところは同じ。
ただ、明晰夢は夢だけど、自分の意識が無意識になっていない状態。
体外離脱は肉体は無意識だけど、アストラル体の意識はある状態。(結局同じってこと)
肉体の意識からアストラル体の意識のほうにシフトしているので、アストラルの体が動いている。
通常の夢は完全に無意識にあちらの世界にいっていること。
ヘミシンクは肉体にも意識がある状態であちらへいっている状態。

簡単に書くとこうなるのかな。

とはいえそんなことは本当はどうでもいい。

この方が書いてあるように本来の目的の意識を明確にもつことが必要なのだ。
それをおこなうことで現実世界でどのように応用していくことができるのかが大切。
不思議体験を繰り返すことが目的ではなく、夢や向こう側の体験から持ち帰ったものを現在の自分をより成長させ、自分らしい生き方をしていくため。

それが出来ないとやはり意味のないものになってしまうでしょうね。
posted by ティアラ at 11:17| 香川 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

近況、新しいサイクル

はて、慌しい4月もいつの間にかあと1週間ほど。

フラワーエッセンス療法学会の桜のフラワーエッセンスワークショップを終えて、次なるイベントも決まり、
前から準備をしていた福岡のお仕事の立ち上げでメンバー全員でHP作りにおおわらわで、21日になんとか開設。
で、昨日はハワイアンまつりに参加。

今日は来月のAFETの初級講座のために交通や宿泊の手配。
毎年おこなっている香川サロンでのローズスペシャルトリートメントのための準備で材料を注文。
新しく使おうと思っているメーカーさんへ精油を注文。
香川でヒーリングセッションをしてもらうための準備などなど。

息切れしそうですわ。ぜいぜい・・。


合間に自分のメルマガ書いたり・・。


ほんとは香川でちらっとお茶会でもしようかと思ったけど、ちょっと準備が出来そうにないので、もう少し余裕が出てからに。

そんな中でもすごく読みたかった本をアマゾンで注文し、届いた。楽しみ〜。
今は田口ランディさんの「アルカナシカ」を読んでいて、ちょっとそれにも関連すること。
そもそも3月の高野山からの流れのテーマ。
それが桜との交流やワークショップにもあって、そのままずっとそこにある。

桜にはひとつの扉のようなものがあるように思う。
桜の花が開いたときは佐野藤右衛門さんによると桜にとっての一年が終わったときになる。
だから、散るときは次のサイクルへの扉が開く合図。

そのことを強く感じた今年の桜だった。

忙しい中でずっと内側にあるものも動いていて、どんどん形になろうとしているって感じかな。
posted by ティアラ at 22:07| 香川 | Comment(0) | TrackBack(0) | お仕事の周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

お花日和♪

久々の更新。
暖かい春の日。どんなに忙しくても出かけないではいられない。

つうことで山へ桜を見に行った。

いつも行く紫雲山付近。栗林トンネルに向かう道。
お墓が多いので、そのまわりに桜がびっしり植えられている。
ちなみにうちの先祖の墓もそこにある。


紫雲山.jpg

びゅんびゅん走る車を横にさっさか歩いていくとヤマブキの花が満開。

ヤマブキ.jpg

このあたりノイバラやテリノハノイバラが群生しまくっている場所で、毎年ノイバラの様子を見に来たり、実を採りに来るのだけど、ヤマブキもたくさんあるんだね。とても日当たりがいい。

途中山の中に入る。もっと奥のほうの遊歩道のようなものがあったように思うけど、そっちは行かずに桜の木のあるほうへ。車の音がだんだん静かになり、鳥の声ばかりになる。
そして誰もいない。手入れをしているおじさんが遠くに。一応紫雲公園になるみたい。
お墓がすぐそこなので。

公園のさくら.jpg

これは普通に公園の桜。
ところが、山の雑木林だと日当たりが悪くなるため、桜の花ははるか天井のみになる。

山の中の桜.jpg

近くに花のついた枝はまったくない。
山の中の桜って本来はそういう姿なのね。

その後紫雲広場の展望台(栗林トンネルから歩いてわりとすぐ登れる)へ行って見ると、なんと誰もいない!!
高松市街地が見下ろせて、瀬戸内海も見えるのに。広場には桜の花や色とりどりの花壇の花もあり、かなりの穴場。

展望台.jpg

桜をとおして瀬戸内海と女木島かな・・をみる。

キュウリグサ.jpg

たくさんのキュウリグサたち。
なんつーかわいい♪
ヒメワスレナグサ(西魔女で呼ばれていた名前)

いろんな場所で桜とすごした。
ところで携帯からとる写真はうまく写せないのでツイッターではひどかったね。すいません。

個人的に山の中での桜(ソメイヨシノ)が今までの公園でソメイヨシノとすごすのと全然違うことが驚きだった。目の前にあるのではなく、すでに頭上にあり、そのフィールドの中にいるということ。

面白かった。
ちょっと充電できたかな。

posted by ティアラ at 18:31| 香川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然とともに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月08日

物語を味わうこと

普段、見ることがないけれど、たまたまお見合い番組をみてしまった。
しかも、非常に心動かされ、泣いた(笑)


いまも思い出すと涙が出る。年齢とともに何かと感情移入しやすくなってるけど、移入しすぎだろ(笑


お見合いの男性はシングルファザー。10歳の娘がいる。
お見合い希望者の女性の中から彼は2名選んだ。

一人は同じくシングルマザーで同じくらいの子供がいて、とても子供慣れしているし、職業もバスガイドで社交的で積極的によくしゃべる人。
もう一人は独身の女性でおとなしく、子供との接点がないため、不安ではあるが、とても誠実そうな人。

それぞれ子供を交えてのデートをおこなう。

あまりに対称的な二人だったが、誰が見ても心を惹かれるのは独身の女性と子供とその父親のやり取りだった。楽しそうに始終すごし、試験に合格したかも的なバスガイドさんとは違って、誠実に女の子と向き合って、その感情やいろんなものを受け取り、涙を流した彼女の気持ちは独身ながら、これからその子を引き受けていきたいという決意とともに泣けるものがあった。


ただそれだけなのに、家族という物語がすでにそこにあった。
男性と娘はもちろんその彼女を選んだ。


すごくいい話を見た後のような気持ちになった。


物語の力はやはりすごいなと思う。


最近興味があるのは先日読んだ中沢新一の「森のバロック」の熊楠の神話的思考の話から発展して、『神話』ってなんだろうということ。いま図書館で借りているのも河合先生の「神話の心理学」とカレン・アームストロングの「神話がわたしたちに語ること」

河合さんの本の中でセッションに来ていた人で不幸の連続で未来への希望をなかなか見出せなかったのが、ある日、林の中を歩いていると「私の木」を見つけ、毎日会いにいくうちに人生が変わっていったという話が紹介されていた。

人はなんらかのつながりを持つとそこから自身の物語を持ち、生きる力を取り戻していくのだなあと思う。



震災以後、東北のイタコの元へ訪れる人がものすごく増えているという記事をたまたま立て続けに読むことがあり、それにも興味を惹かれた。
その人はイタコの元へ行き、亡くなった親しい人の言葉を聞くとみな癒されていくという。


癒されたいと思ってそこへ行っているのではない。
ただ、つながりをもう一度取り戻したいだけ。
そこで非現実的なように思われるけれど、死者の声を聞くという現代的ではない世界に接することで
その物語に満足できれば、自分の人生に対して前向きに考えられるようになるのかもしれない。


人が行動するのはつながりを持ちたい、悲しみを埋めたい、苦しさを取り除きたい、元気になりたい・・・といったニーズのもとにある。

そのニーズを満たすためなら、イタコやチャネラーの元へも行くだろう。


物語もそのニーズを満たしてくれるもののひとつ。


河合さんの本の中では

『集団で共通の神話を持つ時代は終わり、各個人の責任と努力によって、自分の生き方における「神話的な様相」を見いだしていかねばならないのだ。』と書かれてあり、わたしという人間の支えとなるものであることが必要かなと思う。



そんな意味では花(フラワーエッセンス)との関係はわかりやすく、入って行きやすいように思うけど。


そしてたくさんある本当のストーリーテラーたちによる物語も。じっくりじっくり味わいたい。
自分が心底感情移入して味わえる物語があるというのはすごく支えになるよね。


わたしにとっては最近では「LOST」だったのだけど・・。




posted by ティアラ at 15:38| 香川 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々想うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月05日

春のデトックス

季節の変わり目らしく、風邪をひいた。

これもからだの調整のひとつだけど、年とともに熱が出てすっきり治るような風邪じゃなくなってきていて、
いつまでもだるいような、喉にも異物感が残り、咳がいつまでも出たり・・とからだの弾力さがなくなってきているのかも・・と思わざるをえない。


それでもすごく眠れるというのは健康な証拠かね。



しばらく前からデトックス月間にしていて、肝臓浄化のためのハーブティーを毎日飲んでいる。
フラワーエッセンスも浄化目的で桜のエッセンスを服用。

その結果、2月のはじめ頃毎日のように午後ひどい睡魔に襲われ、寝ているはずなのに眠くてしかたがなかった。わりとそういうことはよくあることだったのだけど、エッセンスが効いてるのかハーブティーがいいのかそれを飲み始めたら、昼間のひどい睡魔はなくなった。

そうとう毒素が溜まっていたのではないか・・・と思うとちょっとこわい。

昼間眠くなることは当たり前と思ったりしていたけれど、やはりもともと溜まりやすい体質なので、デトックスはこまめにやらなくては!と思った。


その後風邪もひいたところでからだはゆるみ、弾力も多少ついてきたかな・・。


あとはヘナを購入しているので、ヘナで頭皮からのデトックスと岩盤浴と有酸素運動だ。


肝臓浄化のお茶はほんの少量でもものすごく苦い。アンティチョークとかあざみなど入っているし、フェンネルも入ってるせいか、翌朝のお通じもよくなってる感じ。
ニュージーランドのハーブティーでなかなかいい。


あたたかくなってきたら、部屋の掃除、片付けもしなくては。

その前にお山にこもってココロのデトックスもしようと思う。

そんな3月は浄化三昧。


春は冬の間にたまったものを浄化するのだけれど、その中に何年も溜まっているものもあったりする。
それが少しでもすっきりするといいな。





posted by ティアラ at 15:16| 香川 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 食・健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

草食化する男子

以前ラジオで草食系と肉食系のどちらがいいのか女性、男性それぞれにインタビューしている様子が流れていたことがあった。

いろんな意見があったもののまとめると


女子は付き合うなら草食系がいいけど、結婚となると引っ張ってもらいたいとかバリバリ稼いでもらいたいという意見多し。

男子はほとんど女子には強くてひっぱってほしい的な意見ばかりで、昔の一歩下がって・・というようなものを女性に求める人はいなかった。むしろ女性にバリバリ働いてもらって、自分は好きなことをしたい的な意見もあった。


若干食い違いがある。

日本の女性はいまだ、結婚したら、専業主婦とか仕事をやめたいとか、自分のやりたい仕事はそんなに稼げないから稼ぎのいいところに嫁ぎたいといった願望が強い傾向にある。


一方男性も同じようなことを考えていたらそりゃあ難しい。


結局、経済的なことが大きくなるのかしらね。


その裏には「好きなことを仕事にすると食べていけない」という思考もある。


福祉方面で男性が最近増えているそう。

保育士さんも男性がずいぶん増えたんだって。


向いてるなと思うけど、福祉方面は男性にしては低収入である。


仕事と結婚がなんとなくからみあってるけど、これから男性はどんな風に変わっていくのだろうか。

もちろん女子も変わっていきそうだけど、外国に比べて男女が対等じゃない傾向が強い日本では
社会全体が変わっていかないと、お互い抑圧状態になりかねないね。



posted by ティアラ at 16:41| 香川 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々想うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月23日

お金・エネルギーの通り道

海王星が魚座に入ったからかよくわからないけど、以前よりもエネルギーを受け取ることに反応しているような気がする。
それはあの人パワーがあるとか、強いエネルギーを発しているとかではなく(笑)、その場やそこにいる人たちから受け取るここちよくさせてくれるものによってエネルギーをもらっている感をより感じるような。

以前からそれはあるといえばあるけれど、特にお金のやりとりをしないといけない物や場所について感じる。

これの前に書いたカフェや飲食店もそのひとつ。

サービス業はとくにここちよくなるための時間、空間、サービスを受けようと思ってお客はやってくるので、同じお金を支払うにしても、場合によってはお金とみあわないようなときもあるし、十分に満足してここちよい感情をお金にのせて渡すこともできる。

なによりそれはそこにいる人によって作り出されている。


同じフラワーエッセンスを扱うにしても人によっていいものにも、あまりその力を弱めてしまうような状態にできる。エネルギー的なものは特にそうだけど、その他の商品にしてもお金のことしか考えていない人とその商品のことをすごく好きで扱っている人では物に与えられたエネルギーも違う。


消費者側としては、自分のお金を気持ちよく使いたい。
いやいや出さないといけないというのではなく、いい気持ちで支払いたい。
そういう機会が多いほど、お金はいいエネルギーとなって豊かさの通り道を作ってくれるのではないだろうか。


まあ、ついコーヒー飲むのにドトールやスタバにも行くし、ダイソーで買い物もしたりもするけれど、
もう少し自分が使うお金の行き先について考えることも必要だなと思う。


寄付の場合はその団体の主旨や活動に賛同し、応援したいと思えるものじゃないともちろん出来ない。



あと価格が高いからいいとも限らない。たい焼き屋さんでもおにぎり屋さんでも愛のある気持ちのよいお店もあるだろうから。

民宿でもすごく満たされるところもある。


一番キーポイントになるのは「また来たいな」「また利用したいな」と思わせるところであること。
少なくとも「もう来たくない」と思うときって、そのとき支払ったお金には嫌なエネルギーが乗せられている。


実際エネルギーは人から受け取っている。よいのも悪いのも。


なんでこんなことを書いてるかというと、旅行代理店に用事があってやりとりしていて、
そこは昨年もお世話になり、とても好印象だったところ。
それは自分の担当の方がいい人かと思ったら、それ以外の人と話してもすごくいい印象。
けっして大きくはないむしろ小さな会社かと思うけど、だからこそまた今年もそこにお願いしたいという気持ちが働いた。
そしてやっぱりすごくスピーディーな対応と親切さで、同じお金を支払うのなら
そこにお願いしたいと思う。


同じようなことは美容師さんとかホテル、旅館などそのほかのサービス業にもあてはまる。
サービス業以外も本当は人が関与しているものの、消費者が普段接することになるところ、お金を支払うところはだいたいサービス業が多いしね。


だからお役所に好印象がもてないということもあるかもしれない(笑)


人は仕事として消費者にサービスをおこなっているかもしれないけれど、誠実に人として接することのできる相手に対して会社にではなく、その人に見えないエネルギーを与えることもできると思う。
そしてそれを受け取った人は、またその仕事にやりがいを感じていけるのかもしれない。


そんなことをまるで感じないで人は働いているとは思うけど、宅配のお兄さんでもぶあいそうに取りに来るのではなく、対応ひとつでその人にいい印象を持つとやり取りがまるで違う。


前からずっとそういうことだったんだろうけど、いまさらながら人からもらうものやそれに対して自分が気持ちよくお金を送り出させることに対して敏感になってきているのでしょうね。


私もいいエネルギーをもらいながら、人にまたここちよく利用してもらえるような仕事をしていきたい。
posted by ティアラ at 18:04| 香川 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々想うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月15日

東京・モロッコ料理・カフェ

何度か足を運んだもののいつも予約で入れなかったモロッコ料理屋さんに今度は予約をしてやっと食べにいった。
場所は東京・日本橋。

土曜の夜などまわりはオフィスが閑散としていて、あまり飲食店も少ない界隈なのに、いつも食事が取れないとはどういうことか?
座席数が少ないというのはあるけれど、それだけ居心地のよい場所でリピーターが多いのね。

お店はこちら。雑貨屋さんといっしょになっている。DALIA


食事は雑貨屋スペースの片隅かロフト部分で。
私たちはロフト部分でお食事が出来た。

タジン料理や飲み物のかなりの選択の広さにいろいろ悩む。

まずはモロッコ式ミントティーを注文。かわいいアラジンのランプのようなポットで出される。
タジン料理もどれもおいしく、少しずつ食べたようでけっこうお腹いっぱいに。

最後にモロッコ式のカフェオレとデザートを少し注文。

サトイモのアイスクリームをサービスしてくれた♪んーおいしい。


みな、長居してくつろいでいる。こじんまりとしたスペースながら居心地のよさ。
スタッフの方も私が前に入れなかったことをちゃんと覚えてくださってて、気軽に話しかけてくれる。
私が四国から来ているという話をすると、「四国大好きです!」とのこと。

とてもあたたかいコミュニティのようなホッとする感。

また来たいなと思わせる。お昼どきもたぶんいっぱいだろうとは思うけど、スペースとしての役割を果たしているなと思う。


もうひとつこの近くにあるカフェ カフェ紅(もみ)

こちらも何度かおじゃましてごはんなどいただいたことがある。ドラマ「新参者」でロケに使われたこともあり、なんだか大人気のカフェ。
しかし、こんな東京のど真ん中にあると思えないような古民家カフェで味わいがある。

カフェの雑誌でオーナーさんのインタビューが載っているのを拝見したが、一時は赤字続きで閉店を決意していたそう。しかし、自分の気持ちの持ち方を変えていくことで少しずつ顧客が増えてきた経緯が書かれてあり、いろんなご苦労があったのだなと思う。


私には出張時にチェーン店でごはんを食べたり、スタバやドトールでお茶を飲むことはあっても、たまにこういうところでくつろぎたいから、とても貴重な存在。


東京には素敵なカフェがわんさかあるけれど、カフェはその地域を支えるものでもある。
わざわざ遠くから足を運ぶ人もいるけれど、私なんて用事のある地域の中で一番よさそうな場所を選択することが大部分なので、そんな場所があるとほんとラッキー。

以前、神楽坂で仕事をしていたときは、まわりは素敵なカフェやレストランで一杯だったからそう困らなかったが、離れてしまうとわざわざ神楽坂までお茶飲みには行かない。


一個わざわざ行ってみたいと思わせるカフェがあるんだなー。

爬虫類分館

たぶんいつか行くと思うよ(笑)



ふだんご飯食べたり、お茶飲んだりはほとんど家でしているのでめったと香川でもカフェには出かけないけど、好きだなあ。カフェ風に作ったスペースじゃなくて、ほんとにカフェが好きでオーナーらしい個性がにじみ出ているカフェが特に好き。旅に出たときはなるべくチェックしてそういうところへ行きたい派。


高松ではいま自分が行くとしたら北浜のumieか、まちのシューレかな。



あまりにスタバのような感じのカフェが増えているので、カフェも生き残りが大変かもしれない。
でも必ずファンがつくような居心地のよさがあればこれからは絶対強いと思う。


パティシィエのいるところはスイーツもおいしくていいけれど、私はこじんまりとしていて、オーナーが自ら、その人を見てお茶やブレンドをおこない、味わいのある一杯が出され、空間そのもの(置いてある家具やらインテリアも含めて)が楽にすごせる場であれば、りっぱなヒーリングスペースなのでそれで十分だな。


がんばれー東京のカフェ!
posted by ティアラ at 17:51| 香川 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒され処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

ベス・チャトーの庭

ベス・チャトー奇跡の庭―英国・グラベルガーデンの四季便り [単行本] / ベス チャトー (著); 大出 英子 (監修); Beth Chatto, Steven Wooster (原著); スティーブン ウースター (写真); 高月 園子 (翻訳); 清流出版 (刊)



何年か前にNHKで紹介されたベス・チャトーの庭の本。

図書館で借りたのだけど、ターシャ・テューダーのお庭とは違って、ダイナミックな躍動感のあるお庭ですわ。


ベスが住んでいるイギリスのエセックス州は雨が非常に少なく、もとは駐車場だった荒れ地にガーデンを作った。
ガーデナーが庭のために使う水の量たるやすごいものだそうけど、ベスはこの庭には水やりは最低限しかおこなわないことにした。

そのために水があまりなく、乾燥した土地でも育つ植物をいろんなところから探して、植えた。
それがグラベルガーデン。


ふつうならこんな場所にガーデンは作るべきではないと思うかもしれないが、その土地に合う植物を選んで庭を作るという可能性をつくったのだ。



彼女の庭の成功は、どんな状況でも何らかの可能性があることを教えてくれるような気がする。

もしも欠点があるならば、その欠点を活かしてできることもある。


ポール・スミザーが日本でイングリッシュガーデンを作ったときも、英国の植物をそのまま日本に植えることは無理があるので、日本の気候にあわせて見事なイングリッシュガーデンを作り上げた。


こういうことがしたいという理想をそのままあてはめるのではなく、そこにあわせて柔軟に無理なくおこなうのがポイント。


テニスの錦織選手が「リスクを減らす」という言葉を使っていたけど、無理やりなんとかするのではなく、リスクが少ない方法でできることを探すという発想に変えることを最近みんな気づきはじめているような。
って前からかしらね(笑)

エネルギーを無駄に使わず、頭を使えという時代かもしれない。
発想はどんどん柔軟に変えていく必要があるだろうなと思う。



この本を読むと彼女の庭を引き継ぐ者がおらず、子供も孫も引き継ぐことはないと宣言している。
イギリスでは庭は代々引きつがれていくものだが、とても残念。
血筋をひいた人じゃないとだめなのかしらね。

もっとも庭師が変わると庭そのものも別のものになるけれど。


それでもベスは庭は変化しつづけるものだと言う。完成や終わりはないと。



変化することを恐れてはいけない。必ず変化していくものだから。
固定化されたものもいつかは変化していく。


そんなことも庭は教えてくれるように思う。


まあ、こんな庭を持ったことはないので想像ですが(笑


posted by ティアラ at 11:20| 香川 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする